数多いイ接動詞の中に三拍動詞「いばゆ」がある。これは「いばゆ-いばゆる/いばyeる」と長語化するが、これが意味するところは、和名類聚抄や源氏物語などの少なからぬ用例から「馬が鳴く、いななく」と分かっている。では、どうしてこれがイ接動詞「い+ばゆ/はゆ」であるとすることができるのか。これについては昔の人も知恵を絞って、日国の「いばえる」の語源説欄に「イはウマの鳴声の擬声。バユはホユ(吼)の転〔名言通・大言海〕」という非常に興味深い説が見える。日国はこれにとり合っていないが、ここで前半の「イ」は、単なる接頭語であり上記の説は誤りであるものの、後半の「ばゆ/はゆ」を「ほゆ(吼)」と結びつけているのはまさに(hy)縁語説の先取りであり、見事と言うほかない。「いばゆ」は二拍動詞「はゆ」のイ接形(い+はゆ)であった。
さて「はゆ」と「ほゆ」が共に馬のような動物が鳴き声を立てる意であろうと見当はついたが、今日の日常語でもある「ほゆ-ほyeる」はいいとして、「はゆ(吼)」の方は単独の用例がなく、いささか心細い。そこで(hy)縁語の「はゆ」「ほゆ」は、前項の一拍語「は/ほ」に意味があって、後項の「ゆ」は単なる動詞語尾、即ち「は/ほ(吼)+ゆ(語尾)」であると見て、他のハ行語に何か支援材料がないか探って見ることとする。
そうするとたちまち「(琴を)ひく」「(笛を)ふく」に思い至る。琴は埴輪でも出土する古い楽器であり、それを「ひく(弾)」とは音を立てる意に違いない。「つまびく」の成句もある。また「ふく」は笛をピーと鳴らす意である。ここで「ふye(笛)」であるが、これは(笛を鳴らすために)強く息を吹く意の二拍動詞「ふゆ(吹ゆ)」の名詞形である蓋然性が非常に高い。後に本稿で多く見ることになる他の類似の例からそう考えられる。これで音を表わすハ行語「ひく」「ふく」「ふye」が得られた。そのほか「ほらをふく」「へをひる」もある。「ほら」は「ほ〔音〕+ら(無意味の語尾)」で、法螺貝はもともと音を意味する一拍語「ほ」であり、後に転じてナンセンスを言うただの「ほ」という音になったと考えられる。つまり、和語ではホラは「言う」ものでも「語る」ものでもなく「吹く」ものだったのである。「へ(屁)」も音の、おそらく往時の模写語である。後半の「ひる」は、物を捨てる意の「ほる(放る)」の(hr)縁語とも考えられるが、ここでは「ひく(弾く)」と同列の「ひる(弾る)」と見る。つまり音を立てる意の「ひ〔音〕-ひく/ひる」の動詞列があったと見る方が自然であるであろう。
ここまでくると、究極の音を表わすハ行語である和人の笑い声に思い至る。即ち「ははは、あはは、あっはっは、わっはっは;ひひひ、いひひ;ふふふ、うふふ;へへへ、えへへ;ほほほ、おほほ」等々である。これらは、実に、孤立した単純な模写語、或いは単なる音語ではなく、上に見たような多くの語と音や声を表わすハ行縁語群を構成する実意のある語であったのである。
馬が嘶く意の「いばゆ」から思いがけない展開になったが、「はゆ」の用例は見つからなくとも、「ほゆ」と似た意味をもって存在したであろうことは疑いをいれない。ここに挙げた語は、まだ漏れているであろういくつもの語も合わせて、音を模写する「ハ行縁語群」(渡り語)と見ることが出来るであろう。「はゆ、ほゆ」の(hy)縁語は、大きな縁語群の一部だったのである。
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