和語には本来の「yiなに(稲荷)」がいつか「yiなり(お稲荷さん)」となるような面白い語内の子音交替現象があり、これを相通と呼んでいる。「私家版 和語辞典」では遭遇する度に指摘したが、それらはもちろんほんの一部に過ぎない。相通語を整理して理解したいというのが本稿の目的である。
相通語の解明には全ての語例をとりまとめることが先決である。そうすることによって初めて見えなかったものが見えるようにもなり、問題点も整理されるであろう。ただ、以下は相通語の悉皆列挙にはほど遠い。拙速ではあるが、また多くの誤りを含んでいるが、取り急ぎ大まかな一覧表をつくることによって、これを踏み台として完成に迫りたい。「wuぢ(氏)」と「すぢ(筋)」の相通関係が明らかとなり、「wuぢ氏」の意味が「ちすぢ血筋」の「すぢ筋」と判明するなど、語釈の面でも貴重な手掛かりとなる。
問題点としては、以下に見るような相通現象が、1)そこにどのような規則性があるのか、2)時代的にどのように位置づけられるのか、3)語の意味にどのような影響を与えているのか、4)単なる和人の言い癖、口癖か、5)もう少し広く和語をもたらした、或いは作りだした昔の大陸や南洋の人たちの言い癖か、6)或いは言語一般に見られる現象か、などがある。
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(k-&)
かばふ-あばふ(掩護)
(k-h)
くなと/くなど岐-ふなと(ふなとの神)、くくむ-ふくむ含、け笥-へ瓮、
かむ噛-はむ食、こがみ-ほがみ小腹、ふくむ-ふふむ含、くすぶる-ふすぶる燻、
(s-&)
さどふ-あとふ〔誘う、勧める〕、さは淡-あは(「さはす-あはす」〔柿の〕渋を抜く)、
さは-あは多(〔雲が〕さは立つ)、さまねし多-あまねし(「まねし」のサ接語か)、
さめ-あめ雨(こさめ小雨、ひさめ氷雨)、さら更*新-あら新、さゐ-あゐ藍(あぢさゐ紫陽花)、
さを-あを青(まさを真青)、さかる-あかる離、さるく-あるく歩、しかる叱-いかる怒、
しは-いは岩、しぬ(し+ぬ寝)/しなす(し+なす寝)-いぬ(い+ぬ寝)〔このシ接語
「しぬ寝」が本来形で、時代を経てイ接語「いぬ寝」に移行したと考えられる。〕
(t-s)
たね種-さね核 wuき-つき-すき坏*杯 つき襁〔むつき襁褓〕-すき襷〔たすき手襷〕、
ほと女陰-ほそ/ほぞ臍、かち/かた堅-かし樫、としろ十代-そしろ十代〔そしろだ十代田〕、
くたす/くちる朽-くさす/くさる腐、たけぶ猛-さけぶ叫、けつらふ-けすらふ、
つがふ/つがる継*次-すがふ/すがる縋、つぼむ-すぼむ、ふたぐ(蓋たぐ)-ふさぐ(塞さぐ)、またし全-まさし正、
(t-n)
たぶ食-なむ嘗/舐、たゐ田居-なゐ地 いただき-いなだき頂、つた蔦-つな綱、
たぶる誑-なぶる嬲、たむ(訛む)/だむ-なむ(訛む)-なまる(訛まる)、
わなく(経なく)〔首をくくる〕-わたく(経たく)
(t-s)
ち(風:こち東風)-し(風:あらし嵐、つむじ旋風)、けつらふ-けすらふ(化粧)、
ちぢく/ちぢみ-しじく/しじみ(縮)蜆、つづ星(縮)-すず(鈴)、とこ(床)-そこ(底)
(t-r)
こたふ/こたへる-こらふ/こらへる(堪ふ)
(d-n)
くだ管-くな(くなたぶれ)、しだ時/すで/さだ-しな(行きしな、帰りしな)/すなはち即、どく-のく退、どろ-のろ泥、へなつ(隔なつ)-へだつ隔、
(d-z)
きだむ-きざむ(刻)、きだはし-きざはし(階)、とだす-とざす(閉)、
(n-&)
なぜ(何故)-あぜ、ぬるし-うるし(漆)、ぬる塗-うる(潤る)-うるふ(潤るふ)/うるむ(潤るむ)、ぬし(主)-うし(大人)
(n-z)
まに(ふとまに太占)-まじ(まじなひ蠱*呪)
(m-&)
むしろ後(む身+しろ尻)-うしろ(後)、むつ(鞭つ)/ぶつ(打つ)-うつ打、
(m-n)
みな-にな(蜷)、みの-にの(蓑)、みほ-にほ(鳰)、みら-にら(韮)、
かむはた-かにはた(蟹幡)、しめは-しねは(標葉)、ひめもす-ひねもす、
むかご-ぬかご(零余子)
(m-b)
あむ-あぶ(虻)、おもほす-おぼほす(思)、けむり-けぶり(煙)、
さむらひ-さぶらひ(侍)、しまらく-しばらく(暫)、すまる-すばる(昴*統)、
すめらき-すべらき(皇)、たはむる-たはぶる(戯)、たみ(タ廻)-たび(旅)、
ねむる-ねぶる(眠)、へみ-へび(蛇)、まもる-まぼる(守)、
ゑみし-ゑびす(夷*胡)
(n-r)
しひな-しひだ-しひら粃〔実のならない籾〕、yiなに稲荷-yiなり稲荷、
をたに小谷-をたり小谷
(y-s)
や矢*箭-さ、ye兄-せ、yiぬ去*往-しぬ死、yiね/よね稲- しね〔くましね奠稲*糈米〕、
(n-y)
おなじ同-おやじ同
(w-&)
わ(吾)-あ、わし(悪)-あし、わな-わだ(罠)-あな(穴)(n-d,w-&)、
わめく-さめく-あめく(喚)、
(w-s)
wuぢ(氏)-すぢ(筋)、wuつ(棄*捨)-すつ、wuひぢ(wu海+ひぢ坭)
-すひぢ(海坭)、wuめく-すめく(呻)、を-そ(麻)、をびく-そびく(誘)
(w-s-&)
わく(分く)-さく(裂く)-あく(開く)
(w-t-s)
wuき-つき-すき(坏*杯)
(w-y)
wuつる-ゆつる(移る)、をどむ-よどむ(淀む)
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