複合語「くひしばる」は、通常「食い縛る」などと書かれて日常語である。だが、どこか変な感じがする。これは、「くひ+しばる」と考えられるが、それぞれがどんな語で、全体で何を言っているのか。現在ではほとんど「歯を食いしばってこらえる」という使い方で、泣きたいところを泣くまいとこらえる、綱引きで相手に引きづられそうになるのを踏ん張って耐える、などと使われる。歴史的にもほとんど変わりなく、日国によれば「つねは中門にたたずみ、歯をくひしばり、いかってぞおはしける」(平家物語)、「覚えずむせぶなきごゑをよそに立てじと袖をかみ、くひしばりたるつつみなき」(浄瑠璃18c)などとあり、どれもよく理解できる。
後項の三拍動詞「(しぶ-)しばる」は、要は”狭くする”である。紐でもって人を木に”縛りつける”のはもっと後の発展である。この動詞図は大きくなるので「和語辞典」で見ていただきたい。そうとすれば「くひしばる」は「”くひ”せまくする」ということになり、問題は前項の二拍動詞「くふ」にあるようである。いずれ古い語と思われる。もちろん「食ふ」ではないが、後におそらく「食ふ」になった。この「くふ」の意味するところは、下記の動詞図から絞り出すことになるであろう。全部縁語である。
か-かく(掻く)
-かむ(感む)-かまく(感まく)-かまける
-かます(咬ます)-かませる
-かまふ(構まふ)-かまはす
-かまはる-かまはれる
-かまへる-かまへらる-かまへられる
(咬む)-かまる(咬まる)-かまれる
く-くふ(口ふ)-くはす(食はす)-くはせる
-くはふ(咥はふ)-くはへる〔すくふ(巣構ふ)〕
-くはる(食はる)-くはれる
-くぶ(配ぶ)-くばす(配ばす)
-くばる(配ばる)-くばらる-くばられる
-くむ(組む)-くます(組ます)-くませる-くませらる-くませられる
-くまる(組まる)-くまれる
-くめる(組める)
図の中ほどにある「くふ(口ふ)」がそれである。「くひしばる」を縁語の「かむ」から考えると、親猫が子猫の首筋を噛んで落とさないように運んでいる図などが思い浮かぶ。現在の「かまける」「くはへる」である。口を手に置きかえると、「だきしめる」となるものである。結局「くひしばる」とは、本来は、”しっかりくふ”-”しっかり心を致す”ということになるであろうか。
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